« 羞恥のお値段 | メイン | しおりも作りました »

2005年09月16日

あれから。

結成6周年おめでとう。
毎年言ってる気がするけどあれからもう6年も経ったんだよね。
いやあ、色々とマジでやばいね。
いつまでも自分にプレッシャー掛けてくれる存在でいて欲しい。

■mixi公式データを学術的に

以下全く関係ないけど自分的に大事なこと?

9/12に京大で開催されていた社会情報学フェアの中で
SNSサイトmixiのデータ分析ワークショップがあった。
詳細はこちらをどうぞ
後輩が参加していたので今日資料を見せてもらいながら話を聞いた。
分析したのは東大の安田氏、産総研の松尾氏、ATRの湯田氏。
まずはイーマーキュリーがこういったデータを提供したのが正直凄い。
もし自分のところに依頼が来てもまず断るだろう。
提供されたのは今年2月の会員数30万人程度のもの。
現在は既に100万人を越えているので現状とは少し違う形になる。
まずはコミュニティの関連性グラフが非常に興味深かった。
また論述の中に「mixiは経済的合理性を反映しない 」というものがあった。
SNSは人間関係の構築と維持にコストが関わらないという意味だ。
またこの指摘はコストが関わらない側面をマイナス方向から捉えている。
これはここ最近私が実体験した事柄にドンピシャだった。
たとえばリアル世界で人間関係を維持するにはかなりのコストが掛かる。
人と関わることが多い人ほどそれを実体験で感じているはずだ。
例えば著名人有名人などが顕著かもしれない。
先日定例の研究会が終った後に某大学教授とお茶をしていた。
そのときにちょうどmixiの話題になった。
彼はこの研究会仲間の社長に誘われてmixiに登録をしたらしいが、
それを同大学に通う学生に見つけられマイミクシイ(友達)申請をされた。
その日のうちに彼はmixiをやめたらしい。
その学生は自分の研究室の学生でも無くまったく面識がなかったとのこと。
しかし辞めた理由は面識がなかったからではなく、
「教授」という立場の自分に対して「学生」である彼女が
ボタン1つと軽い文章を添えるという行為のみで
自分と並列に繋がれるという事実が何よりも許せなかったと言った。
現在学生の方はこれを聞いて「随分傲慢な教授だな」と思うかもしれない。
しかし私はそれを聞いてこの人は凄く素直な人だな、と思った。
彼らは特に実世界で人間関係の価値を常に感じている人種で
またそれを維持するにはコストがかかり
その為に取捨選択または努力しなければならない体験を日常でしている。
そんな彼らにバリアフリーな人間関係を築けるSNSは理解できないだろう。
彼は私に「月会費10万円、登録は紹介のみで審査制というSNSを作ってよ」
と言った。それなら絶対入るし会員も集まるよ?分かるだろ?と。
彼らの価値観はこういう価値観で、経済的合理性と直結していると言える。
だが実際には彼らが望むコミュニティはリアル世界にごろごろある上、
オンライン上で展開する必要性も無ければ優位性や利便性はほぼ無い。
大体それ以前に私が作りたいと思うようなワクワクするモノもない。
しかし話しを戻し、このワークショップで指摘されていた
「SNSが今後どのように収益化するのか」という課題に対する
アプローチとしてはひとつアリなのかも?とも思った。
でも「ソレはもはやSNSでは無いよ」と言われればそれまでだけどね。
mixiの収益化はかなり難しいと思う。(実際大赤)
しかしmixiというサイトの「価値」は莫大な収益をあげるyahooと同レベル。
mixi企画製作者はきっと誰よりもワクワク感を楽しんだ(でいる)と思う。
経済的合理性を反映しない価値を世の中に提供したから。
価値破壊は新たなる価値だ。

話は変わってこのワークショップの件を後輩と話していて
単純に「ああ、こういう時代が来たのだなあ」と思った。
コミュニティサイトが学術的に掘り下げられ社会学として論じられる時代。
インターネットというテクノロジーにおいて最も実現化されるべき事は
知識や趣向や人間関係をより全世界とフラットに繋げる概念で
それによって人種や国籍や性別などという
旧社会で意味を成してきたカテゴライズは希薄化するんだ、とかなんとか…
大学時代は仲間とそんなことばっか朝まで話してた気がする。
数年たった今実際にサービスとしてSNSがありはてながありWikipediaがある。
当時ぼんやりと想像した「実現化すべき概念」は徐々に実現化しつつある。
が、もっと強固に実現化した時その先にはどんな社会が待ってるんだろう。
旧社会にあった属性は希薄化…するか?
そんな単純なものじゃないだろうと感じている自分が今、居る。
学生時代に想像した「そこから先」は完全なる世界平和だった。
学生特有のロマンシズムだと言われればそれまでだろうが
インターネットこそ世界平和の最終兵器だと信じてやまなかった。
しかし本当にその先はそういうストーリーなのか?
自信がないのは私が考える時間をもてないから?
それともそんなに甘くない「現実」を社会でみたから?
それとも社会全体がゆく先を見失ってるから?
なんだろう。
それについては過去の自分に対し責任もって考えるべきだと思った。

投稿者 azu : 2005年09月16日 01:48

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://kasen.chu.jp/owarine/mt/tb080513-rn.cgi/412

コメント

コメントしてください




保存しますか?